ローカル交通 — 2026.07.24 FRI NO.021 / TSUGINOTE LOCAL

大阪の渡し船は8航路、ぜんぶ無料。
運賃箱がないのは、船が「道路」だから

大阪の渡し船は8航路、ぜんぶ無料。運賃箱がないのは、船が「道路」だから

要点:大阪の水辺というと道頓堀の遊覧船を思い浮かべますが、市民が毎日「通路」として使う船が別にあります。大阪市が運営する渡船場は現在8か所、15隻。運賃はすべて無料で、歩行者と自転車が対岸へ数分で渡れます。無料の理由は1920年(大正9年)4月、旧道路法の施行で渡船が「道路の一部」と位置づけられたから。昭和10年頃には年間の歩行者約5,752万人・自転車等約1,442万台を運んだ渡船は、橋の整備とともに減り、令和6年度は8か所で約161万人。それでも朝夕は通勤・通学の足として現役です。天保山と木津川、性格の違う二つの渡船場を入口に、乗り方を整理します。運航時刻・運休情報は変わるため、乗る前に公式でご確認ください。

切符売り場を探しても、見つからない

初めて渡船場に行った人がまず戸惑うのは、料金を払う場所がないことだそうです。桟橋に小さな詰所と待合があり、時間になると船が着き、自転車ごと乗り込むと数分で対岸へ。運賃箱も改札もありません。大阪市の案内にも「大阪市の渡船は全て無料です」とはっきり書かれています。

理由は制度にあります。もともと明治24年に大阪府が「渡船営業規則」を定めて民間の渡しを監督し、明治40年には安治川・尻無川・淀川筋の29渡船場が市営事業になりました。そして1920年(大正9年)4月、旧道路法の施行により渡船は無料となります。川で途切れた道を船でつなぐ、つまり渡船は橋と同じ「道路の続き」だという整理です。バスや遊覧船の仲間ではなく、税金で維持される道路の仲間。運賃箱がないのは、道を歩くのにお金を取られないのと同じ理屈です。

数字で見る、渡船の百年

大阪市の資料から利用のピークと現在を並べると、この航路がたどった百年が見えます。

時期渡船場の数利用規模
昭和10年頃31か所(船69隻)年間 歩行者約5,752万人・自転車等約1,442万台
昭和53年12か所年間 約250万人
令和6年度8か所(船15隻)年間 約161万人

ピーク時の69隻のうち37隻は手漕ぎ船だった、という記録も残っています。その後、橋の架設が進み、戦災で多くを失い、モータリゼーションで利用は減りました。それでも8航路が残っているのは、橋では代わりにならない場所だからです。港湾部の川は大きな船が通るため、橋を架けるなら高くせざるを得ず、歩行者や自転車には長い上り坂になります。平らな水面をまっすぐ渡る船のほうが、日々の通勤・通学には合理的なのです。

まずの一便は、天保山から

8か所のうち観光の動線に一番近いのが天保山渡船場です。港区築港3丁目と此花区桜島3丁目を結び、岸壁の間は400メートル。Osaka Metro中央線の大阪港駅から北へ徒歩約10分、対岸の桜島側はJRゆめ咲線の桜島駅から徒歩約10分という位置関係で、地下鉄側とJR側を船が一本でつなぎます。明治38年開設と歴史も古く、令和6年度で1日平均843人が利用しています。

安治川河口(岸壁間 約400m) 天保山渡船場(築港側) Osaka Metro 大阪港駅から徒歩約10分 桜島側のりば(此花区) JRゆめ咲線 桜島駅から徒歩約10分 位置関係の概念図(出典:大阪市「渡船場」天保山のページをもとに作成)

「天保山」という名前自体も川と船の産物です。江戸の天保2年、安治川にたまった土砂をさらう大工事の捨て土を積み上げた山が、出入りする船の目印になり「目標(めじるし)山」と呼ばれ、やがて天保山になった。渡し船で川面から眺めると、この土地がずっと船のためにつくられてきたことが腑に落ちます。

川に囲まれたまち、大正区へ

渡船場マップを開くと、8か所の多くが木津川と尻無川に挟まれた大正区のまわりに集まっているのが分かります。周囲を川と運河に囲まれたこのまちでは、渡船はいまも生活の足です。なかでも南端の木津川渡船場(大正区船町1丁目〜住之江区平林北1丁目、岸壁間238メートル)は性格がはっきりしていて、利用者は工場や木材関係で働く人がほとんど。令和6年度の利用は1日平均170人と、8航路でも小さな部類です。

この航路、昭和30年からはカーフェリーが車ごと運んでいました。上流に千本松大橋が開通した昭和48年の翌年にカーフェリーは廃止され、人と自転車だけを運ぶいまの形になります。橋ができても航路そのものは残った、という順番が興味深いところです。市の紹介文には「水がきれいになったためか、渡り鳥が飛来する姿が見られる」という一文もあり、工場地帯の川の変化まで書き留められています。

乗るまえに知っておきたいこと

時刻表は大阪市のサイトに全渡船場分がまとまっています。対岸へは約1〜5分で着き、乗船がすめばすぐ折り返す運用です。ただし船の点検などで臨時に運休することがあり、たとえば天保山渡船場では今年7月16日に機関点検のため日中の便が一部運休しました。運航情報は市の渡船担当がX(旧Twitter)で発信しているので、出かける日の朝に一度見ておくと安心です。

もうひとつ、これは時刻表に書かれていないことですが、渡船は観光船ではなく「道路」です。朝夕は通勤・通学の人が自転車ごと乗り込みます。カメラを構えるなら乗り降りの邪魔にならない位置で、詰所や他の利用者が写り込む撮影は控えめに。無料で乗せてもらう側の礼儀として、道をゆずる感覚で使いたい航路です。

夏の午後、川面を渡る数分間は思いのほか風が通ります。地下鉄で大阪港駅へ、天保山から船で桜島へ、帰りはJRで一周。切符がいるのは電車だけ、という半日です。

出典:大阪市建設局「大阪 渡船場マップ」(2026年6月15日更新)/大阪市「渡船場」一覧・「1.天保山渡船場」・「8.木津川渡船場」(2025年7月22日更新)/大阪市「運航時刻表(各渡船場詰所側発)」。利用者数などの数値は同資料(令和6年度実績ほか)による。※運航時刻・運休・徒歩所要時間は変動するため、乗船前に大阪市公式サイトおよび渡船担当のX(旧Twitter)で最新情報の確認を。
EDITOR'S NOTE — アルク:「道路だから無料」という理屈を知ってから時刻表を見ると、数分おきの折り返しが信号機のように見えてきました。次は残りの6か所(甚兵衛、千歳、落合上、落合下、千本松、船町)を、地図の上で順にたどってみます。