「富士山が撮れる商店街」の正体は、千年の織物のまち。本町通りは、撮る前に歩くと変わる。
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要点:山梨県富士吉田市の本町通り(ふじみち)は、通りの正面に富士山がまっすぐそびえる景観で、いまSNSの撮影スポットとして知られています。晴れた日には多くの人が集まり、車道に出ての撮影や住宅地での騒がしさが問題になって、市が警備員を置く場面もあると報じられています。ただ、この通りの正体は「富士山を撮る場所」ではありません。ここは千年以上さかのぼる織物のまち=ハタオリマチの中心で、レトロな店構えは、かつて「甲斐絹(かいき)」で全国に名を売った産地の名残です。撮る前にカメラを下ろして一本裏へ入ると、写真には写らない富士吉田が見えてきます。混雑・マナー・アクセスは変わりうるので、訪ねる前に公式情報でご確認ください。
富士吉田の写真として、いちばん出回っているのはたぶんこの構図です。ゆるやかに下る商店街の先に、青とも灰ともつかない富士山が、通りの幅いっぱいに立っている。看板も信号も、みんな富士のスケール感の前で小さく見える。あの一枚は、たしかに本町通りで撮れます。ただ、あの構図だけを目当てに来て、シャッターを切って帰ってしまうと、この通りがなぜここにあるのかは通り過ぎたままになります。今日は、写真の一枚を入口にして、その背景に何が積もっているのかを歩く順にほどいてみます。
なぜ、通りの正面に富士山が「立って」いるのか
本町通りは、富士急行線の富士山駅から南へ延びる道すじの一部で、「ふじみち」とも呼ばれます。もともとは富士山への参拝・登山に向かう人が通った道で、通りが富士山の方角へまっすぐ向いているからこそ、正面に山が立って見えます。景観として「たまたまきれい」なのではなく、富士山へ向かう道として引かれた結果の眺めだ、と考えると腑に落ちます。近年はこの構図がSNSで広まり、2025年初めに放送されたドラマ「ホットスポット」のロケ地にもなったことで、国内外から人が集まるようになりました。報道では、よく晴れた日には一日に千人規模が訪れ、富士吉田市が警備員を配置する場面もあると伝えられています。「地方の商店街に人が来ない」という一般論とは、少なくともこの一角では逆のことが起きています。
商店街の正体は、千年の「ハタオリマチ」
では、なぜここに商店街があるのか。答えは織物です。富士吉田を含む郡内(ぐんない)地方は、平安時代の書物に甲斐国の布の記述が見えるほど古い織物の産地で、千年以上の歴史があるとされます。江戸時代には、先に糸を染めてから織り上げる「先染め」の薄手で光沢のある絹織物「甲斐絹(かいき)」として全国に知られました。戦後は機(はた)を動かせば動かすだけ売れる好況が「ガチャマン」と呼ばれたほどで、本町通りのしっかりした店構えは、その時代に織物とともに栄えたまちの骨格です。
もっとも、そこから先を美談にはできません。安価な輸入織物が増えると産地は大きな打撃を受け、機屋(はたや)の廃業が続きました。いまは各工場が自社ブランドを立ち上げて直販や工場見学を始め、秋には「ハタオリマチフェスティバル」も開かれます。ただ、これが産地全体の立て直しとして続いていくのか、一部の元気な工場の話にとどまるのかは、これから確かめるべきことです。富士山の眺めに人が集まることと、織物のまちが仕事として続くことは、いまのところ別々の線として動いています。
撮る前に、一本裏へ入る
だから提案はひとつだけです。カメラを構える前に、まず歩いてみてください。本町通りから少し下吉田(しもよしだ)の方へ回ると、月江寺(げっこうじ)駅の周辺や、昭和の面影が濃い飲み屋街「西裏(にしうら)」があり、織物の直営店やカフェに変わった建物も点在します。富士山を背景に一枚撮る時間と、路地を一本入って店の人と言葉を交わす時間は、同じ富士吉田でもまったく密度が違います。下の図は、駅と通り、撮影スポットと裏エリアのおおまかな位置関係です(方角・距離は概略)。
撮影そのものを我慢する必要はありません。ただ、ここは観光施設ではなく、人が暮らし商いをしている通りです。報じられているマナーの注意は、どれも当たり前のことばかりでした。車道に出て撮らない(車が通ります)、早朝や夜は静かに、店のトイレだけ借りて何も買わずに去らない。裏を返せば、一つ何かを買い、一言かけるだけで、この通りとの関わり方は変わります。富士山は一般に午前のほうが山肌が見えやすいとされ、天候待ちを考えるなら周辺に前泊して朝を待つのが現実的です。宿の空きは時期で大きく動くので、早めに見ておくと安心です(周辺の宿・旅館を探す(OZmall))。
写真の一枚は、この通りの入口であって出口ではありません。富士を正面に収めたら、そのまま帰らずに、一本裏の路地へ足を向けてみる。千年の織物のまちは、レンズの外側で、いまも小さく動いています。
いま行くなら、富士山駅から本町通りを下って撮影スポットを確かめ、そのまま月江寺・西裏へ抜けて直営店やカフェをのぞく半日が、季節を選ばず歩けます。夏は午後に雲が出やすいので、動くなら午前が無難です。あなたが本町通りで下ろすのは、カメラでしょうか、それとも足でしょうか。