「新そば」は秋だけじゃない
夏にも、もう一つの旬。
要点:「新そば」は秋の味覚だと思われがちですが、そばは生育期間が短く二度つくれるため、新そばには夏と秋の年二回があります。夏に穫れるものを「夏そば(夏新そば)」と呼び、一般には7〜8月ごろに出回ります。福井県には7月収穫の「福井夏そば」というブランドがあり、長野などの高冷地でも6月中旬〜8月中旬に収穫されます。生産量そのものは北海道が全国最大(令和4年産で全国シェア約46%)ですが、その主力品種は初秋の収穫です。夏そばは清涼感のある若い香りが持ち味とされ、いまなら産直・道の駅・ふるさと納税などで出会えます。品種・産地・価格・在庫は時期や商品で変わるため、購入時は各店・公式表示でご確認ください。
そばはいつが旬か、と聞かれたら、私も長らく「秋」と答えていました。実際、店先に「新そば」の張り紙が出るのは秋から初冬。とれたてのそばを打つ会も、たいてい十一月ごろに開かれます。ところが、この真夏に「新そば」ののぼりを立てる産地があります。間違いでも、気の早い話でもありません。そばの新そばは、そもそも年に二度あるからです。今日は、あまり知られていない「夏の新そば」を、産地とカレンダーの目線でたどってみます。
まず、そばの一年を数えてみる
種明かしは、そばという作物の速さにあります。そばは種まきからおよそ二か月半で収穫できる、生育期間の短い作物です。やせた土地でも育ち、手がかからない。この短さのおかげで、同じ畑で年に二度つくること(二期作)や、春にまいて夏に穫る作型が成り立ちます。だから「新そば」は一度きりではなく、夏と秋の二回やってくるのです。
私たちがふだん「新そば」と呼んでいるのは、たいてい秋のほう——夏の終わりに種をまき、十月から十一月に穫れる秋そばです。栽培量が多く、味も濃いとされ、そば屋の「新そば」も基本はこちらを指します。「新そば=秋」という思い込みは、この主役の存在から来ています。壊すのはその思い込みだけで、秋そばのおいしさを否定するわけではありません。もう一方に、控えめだけれど確かな旬がある、という話です。
夏の新そばは、どこで穫れているのか
夏そばに力を入れている代表格が福井県です。そばの名産地として知られる福井では、七月に収穫される「福井夏そば」がブランドとして扱われています。ちょうどいま、その新そばが出はじめる時期にあたります。ほかにも、長野などの冷涼な高冷地では、六月中旬から八月中旬にかけて夏の新そばが穫れます。標高が高く夏でも涼しい土地は、暑さに弱いそばにとって夏作の適地なのです。
九州にも夏の作型があります。かつて鹿児島県は、二期作や転作作物としてそばを盛んに作り、平成の一時期には北海道に次ぐ全国第二位の生産量を記録していました。暖地では春にまいて初夏に穫る作型が組め、全国でも早い時期に新そばが動きます。土地ごとに気候が違うからこそ、日本のどこかで、年じゅう「そばの新しい季節」がめぐっている——そう考えると面白いものです。
ひとつ、混同しやすい点を正直に。生産量でいえば、日本のそばの中心はあくまで北海道です。令和4年産の収穫量は北海道が約1万8,300トンで全国シェアは約46%。ただし北海道の主力品種は夏型でも収穫は初秋にかかるため、「夏の新そば」の主役とは少し違います。量の主役(北海道)と、夏の旬の担い手(福井・高冷地・暖地)は、必ずしも一致しないのです。
味は違うのか
気になるのは味です。一般に、夏そばは清涼感のある若々しい香りが持ち味とされ、秋そばは香り高く味が濃いと言われます。同じそばでも、暑い盛りに冷たいざるでたぐる夏の新そばと、涼しくなってから温かいかけで味わう秋の新そばとでは、体が求めるものも違います。もっとも、味の印象は品種・産地・製粉・打ち手の腕で大きく変わります。「夏だから薄い」「秋だから濃い」と決めつけず、その一杯がどこの、いつの、どんなそばなのかを確かめて味わうのが、いちばん楽しい飲み込み方だと思います。
いま、夏の新そばに出会うには
幸い、夏の新そばに出会う道はいくつも開いています。産地の道の駅や産直には、収穫したての実を挽いた乾麺や生そば、そば粉が並ぶ時期です。産地の観光協会やそば店が「夏の新そば」を打ち出す催しを開くこともあります。遠方なら、蔵元や製粉所・生産者のオンラインストアで取り寄せる手もあります。「春そば」「夏新そば」といった表記が、その年の夏に穫れたものの目印です。
もうひとつ、地域とつながる買い方としてふるさと納税があります。そばの実やそば粉、乾麺を返礼品に用意している自治体は少なくありません。産地を選んで応援しながら、その土地の夏そばを味わえるのは、この制度ならではの楽しみです。いずれの道でも、品種・産地・収穫年・保存方法は商品ごとに違い、価格や在庫も時期で変わります。特定の銘柄を名指しでおすすめするより、買おうと思ったそのときに、表示と各店・公式情報で確かめていただくのが確実です。とれたての香りは時間とともに落ちますから、届いたら早めに、たっぷりの湯でさっと茹でて、まずは冷たいざるでどうぞ。
「新そばは秋」という思い込みを一度置くと、そばの一年が急に広く見えてきます。畑の速さが、私たちに旬を二度くれている。その一度目が、いまこの夏です。秋を待たずに、産地からいちばん近い夏の新そばを、この季節のうちに一枚。実る、というより「めぐる」——そばの季節は、思っていたよりずっとよく回っています。