三日三晩、梅を干す
土用のいま、紀州で進む最後の工程。
要点:2026年の夏の土用は7月20日から8月6日まで。いま各地の庭先と加工場では「土用干し」が進んでいます。日本農林規格(JAS)の農産物漬物規格では、梅干しは「梅漬けを干したもの」と定義されており、塩に漬けただけでは梅干しとは呼ばれません。三日三晩という古い目安には、昼の日光と夜の夜露それぞれに役割があります。一方で今年の紀州は、みなべ町・印南町の着果が平年の4〜4.5割程度と報じられ、3年連続の不作見込み。梅の産地でいま起きていることを、工程の側から追います。作柄・価格・在庫は変動します。
七月も終わりに近づくと、和歌山の梅の加工場や、梅仕事をする家の縁側に、平たいざるが並びます。中に入っているのは、六月に漬けた梅。ここから三日三晩、日に当てる作業が始まります。土用干し(どようぼし)と呼ばれる工程です。今年の夏の土用は7月20日から8月6日まで。つまり、この記事を書いている今がまさに、その期間の真ん中にあたります。
梅干しづくりというと、六月に青梅を買って塩に漬けるところまでが話題になりがちです。けれど産地の一年で見ると、六月は前半戦にすぎません。梅が「梅干し」になるのは、この七月下旬から八月にかけての数日です。今日は、ざるの上で三日間に何が起きているのかを順に追いながら、その梅を実らせている紀州の斜面のいまを見ていきます。
そもそも、干さないと「梅干し」と名乗れない
意外に知られていませんが、これは味の好みの話ではなく、規格の話でもあります。農林水産省の「農産物漬物の日本農林規格」では、漬物の種類ごとに定義が置かれていて、そこでは「梅干」は梅漬けを干したものと規定されています。塩や梅酢に漬けた段階のものは「梅漬」。それを干してはじめて「梅干」になります。さらに、干したものを糖類や食酢、削りぶしなどに漬け込んだものは「調味梅干」として区別されます。
スーパーの棚で「はちみつ漬」「かつお」といった商品の裏を見ると、名称欄が「調味梅干」になっていることがあります。あれは手抜きの表示ではなく、規格に沿って区分が書かれているだけです。塩と紫蘇だけで仕上げた昔ながらのものは「梅干」、味付けの工程が入れば「調味梅干」。買うときにこの一行を見る癖をつけると、自分の好みがどちらの区分にあるのかが、はっきりしてきます。
一日目 — 塩から出して、ざるへ
作業は、六月に漬けて梅酢の上がった梅を、樽から一粒ずつ引き上げるところから始まります。引き上げた梅を平ざるに広げ、実どうしがくっつかないよう間隔を空けて並べる。ここが地味ながら人手のいる工程で、大きな加工場では何百枚ものざるが屋外に並びます。日中は数時間おきに梅を裏返し、ざるに触れている面にも日が当たるようにします。
この段階での日光の役割は二つです。一つは、実に残った余分な水分を飛ばして保存性を高めること。もう一つは、太陽の紫外線と熱による殺菌です。梅干しが常温で長く保つ食品でいられるのは、高い塩分と、この乾燥・殺菌の工程が重なっているからだと説明されています。
夜 — 取り込まない、という選択
ここが土用干しのおもしろいところです。三日三晩、と数えるとおり、多くのつくり手は夜もざるを外に置いたままにします。洗濯物なら取り込む時間に、梅はあえて夜気にさらされる。
梅干し専門メーカーの中田食品の解説によれば、日中に水分が飛ぶと、梅の表面に塩が白い結晶となって浮き出てきます。それを夜のあいだの夜露が溶かし、ふたたび実へ戻していく。この「昼に出して、夜に戻す」の往復があることで、皮と果肉がやわらかくなっていくとされます。カラカラに乾かすのが目的ではなく、水分を抜きながら塩をなじませていく作業、と言ったほうが近いのかもしれません。
ただし、夜露に当てるかどうかは家や産地によって考え方が分かれます。衛生面や虫、突然の雨を避けて夜は取り込む、という流儀も広く行われています。「三日三晩」も、梅の大きさや天候・湿度によって加減するための古い目安であって、時計で測るような決まりではありません。
今年の梅は、そもそも少ない
工程の話をしてきましたが、その前提となる原料そのものが、ここ数年きびしい状況にあります。
紀伊民報などの報道によると、2026年産の南高梅は5月24日にみなべ町・印南町で収穫が始まったものの、前年夏の高温乾燥や受粉を担うミツバチの不足などにより、主産地の着果数は過去10年平均のおよそ45%。日本農業新聞は「平年の4割」と伝えており、いずれにせよ3年連続の不作という見立てで一致しています。3月の降ひょうの影響で秀品率も下がる見込みだと報じられました。
統計で確定している直近の数字も、あわせて見ておきます。農林水産省の作物統計調査によると、和歌山県の令和6年産うめの収穫量は2万9,700トンで、前年産から51%の減少。全国の収穫量5万1,600トンに占める割合は58%で、減ってなお全国1位でした。減少の理由として、開花前の気温が高く開花が早まり、受精不良で着果数が減ったことなどが挙げられています。結果樹面積は4,790ヘクタールで前年比1%減と、畑そのものはほぼ横ばいです。木は同じだけあるのに、実がつかない。近年の不作は、そういう形をしています。
| 和歌山県のうめ(令和6年産・概数値) | 数値 |
|---|---|
| 結果樹面積 | 4,790ha(前年比99%) |
| 10a当たり収量 | 620kg(前年比49%) |
| 収穫量 | 29,700t(前年比49%) |
| 全国収穫量に占める割合 | 58%(全国1位・前年産は64%) |
原料が減れば、店頭にも遅れて響きます。梅干しは2025年秋以降、国産・中国産ともに価格改定の動きが伝えられており、紀州産を中心に値上げが進んでいると業界紙は報じています。ただし価格・在庫の状況は銘柄や販売経路によって差が大きいため、実際の値については各店の最新情報でご確認ください。
四百年、斜面の上で
その梅がどこで実っているのかにも、少し触れておきます。みなべ・田辺地域の梅林は、養分に乏しく崩れやすい礫(れき)質の斜面に開かれています。山全体を梅畑にはせず、上部に薪炭林を残す。この薪炭林が水を蓄えて土砂崩れを防ぎ、そこに住むニホンミツバチが梅の花を受粉し、ウバメガシは択伐(たくばつ)されて紀州備長炭になる。梅と炭と蜂が一つの山で回るこの仕組みは「みなべ・田辺の梅システム」と呼ばれ、2015年12月15日にFAO(国連食糧農業機関)から世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。みなべ町の資料によれば、地域の就労人口の約70%が梅の生産・関連産業に関わり、産業規模はおよそ700億円とされます。
今年の不作の一因として挙げられている「ミツバチ不足」が、単なる作業上の問題ではなく、この四百年の仕組みの一部が揺らいでいる話でもあることは、頭に置いておきたいところです。
ついでに、その主役である南高梅の名前の由来も。明治35年、みなべの高田貞楠が梅畑に植えた実生苗60本のなかから、大粒で紅のさす一本を見つけたのが始まりです。昭和25年に発足した梅優良母樹調査選定委員会が37品種を5年かけて調べ、昭和29年に七系統を選抜。そのなかで最優良と評価された「高田梅」に、調査へ協力した南部(みなべ)高校の「南」と、高田の「高」を取って「南高梅」と名づけたのは、委員長で同校教諭の竹中勝太郎でした。種苗名称登録が下りたのは昭和40年10月29日、登録第184号。地名でも人名でもなく、学校と農家の名前が半分ずつ入った品種名です。
干し上がりを待つあいだに
いま干されている梅が商品として並ぶのは、早くても秋以降です。では今日できることは何か、と考えると、一つだけあります。家にある梅干しのラベルを見て、名称欄が「梅干」なのか「調味梅干」なのかを確かめること。塩分は何%か、原料原産地はどこか。この二行を読むだけで、次に買うときの基準が自分の中にできます。そのうえで、今年の紀州産を一袋。三年続きの不作でも産地が畑を維持していることを、値札の向こうに置いて選んでもらえたらと思います。価格や在庫は変わりますので、購入前に販売元の最新情報をご確認ください。