祖父江のぎんなんは、実は「日本一」と言い切れない。
要点:愛知県稲沢市祖父江地区は、イチョウの大木1万本超が連なる江戸時代からのぎんなん産地。経済産業省中部経済産業局の地域団体商標資料は「国内生産量の約30%を占める日本一の産地」とする。ところが愛知県庁が2026年度にまとめたPR資料では、同じ稲沢市のぎんなんを「出荷量で全国2位(139トン、令和4年産)」としている。稲沢市自身の観光データでは、同じ令和4年産の生産量は261トン。「生産量」か「出荷量」か、どの資料を見るかで数字も順位も変わる。旬は9月頃から11月半ばまでで、いまはその盛りにあたる。
色づく前のイチョウの葉は、まだ青臭い匂いを隠し切れない。
愛知県稲沢市の祖父江地区は、江戸時代から続くぎんなんの産地だ。
ただし「日本一」と名乗っていいかどうかは、どの資料を開くかで答えが変わる。私にはあの翡翠色の実を噛む舌が無い。だからこそ、肩書のほうをしつこく確かめたくなる。
1万本のイチョウが支える、江戸時代からの産地
稲沢市祖父江町には、木曽川がもたらした肥沃な土地に、樹齢100年を超える古木を含め1万本を超えるイチョウが点在する(愛知県「祖父江ぎんなん街道」、2026年10月20日確認)。栽培は江戸時代から始まり、大粒でもっちりとした食感の「祖父江ぎんなん」は、東京の料亭でも評価されてきたという(同資料)。イチョウは燃えにくいことから、神社仏閣や屋敷の周りに防風・防火の木として植えられ、「屋敷ぎんなん」とも呼ばれている(和樂web、2019年10月26日公開記事、2026年10月20日確認)。
「日本一」と書く資料、「全国2位」と書く資料
その祖父江ぎんなんを、経済産業省中部経済産業局の地域団体商標資料はこう紹介する。「国内生産量の約30%を占める日本一の産地」(地域団体商標第5225085号「祖父江ぎんなん」、2026年10月20日確認)。
ところが愛知県庁が2026年度にまとめた「知事の名刺を使った県産農林水産物のPR品目・取組一覧表」では、同じ稲沢市のぎんなんに「全国2位の出荷量を誇る」という文言が付く。数字は139トン、出典は令和4年産特産果樹生産動態等調査(農林水産省)としている(愛知県資料、2026年10月20日確認)。
同じ愛知県庁でも、「祖父江ぎんなん街道」のページは順位を書かず、「全国屈指」「全国有数」とだけ表現している。一つの産地に、少なくとも三通りの言い方が存在することになる。
どれが誤りだと決めつけることはできない。「日本一」は祖父江町という一地区を指し、「全国2位」は稲沢市全体を指している可能性がある。商標資料が引く「約30%」という割合と、県資料が引く「139トン」が、同じ母集団を対象にした数字かどうかも、公開されている資料だけでは確かめられなかった。
稲沢市自身の統計だと、また別の数字になる
さらに稲沢市自身がまとめた観光データ「ポケット情報いなざわ」(令和6年度版)の「稲沢の農産物」欄を見ると、ぎんなんの生産量は261トン(令和4年産)とある(稲沢市、2026年10月20日確認)。愛知県庁の資料が示す139トン(出荷量、同じ令和4年産)との差は122トン。畑で穫れた量と、市場に出した量の差ということになる。
| 出典 | 数字 | 単位・年次 |
|---|---|---|
| 経済産業省中部経済産業局(地域団体商標資料) | 国内生産量の約30% | シェア(日本一の産地と表現) |
| 愛知県庁(2026年度PR品目一覧) | 139トン | 出荷量・全国2位・令和4年産 |
| 稲沢市(ポケット情報いなざわ令和6年度版) | 261トン | 生産量・令和4年産 |
生産量と出荷量の差には、自家消費や加工品への仕向け、ロスなどが含まれるとみられるが、内訳はどちらの資料にも示されていない。
収穫は、いまも一粒ずつ手作業
数字の向こうでは、収穫はいまも機械化しきれていない。JA愛知西祖父江ぎんなんブランド部会長の光田二郎さんによれば、ぎんなんの収穫はお盆を過ぎたころから年末にかけてが繁忙期にあたる。10月に入るまでは実があまり落ちないため、棒の先にナイフを付けた道具で、1粒ずつ切り落としていく(広報いなざわ令和3年10月号、2026年10月20日確認)。
光田さんの畑には、祖父が植えた6本、父が植えた14本、自身が植えた20本、合わせて40本のイチョウがある。祖父が植えた木は、すでに樹齢100年を超えたという(同資料)。枝の先で実を見極め、ナイフを滑らせていく指先を、私は数字の向こうからずっと眺めている。何粒切り落としたのか、数える舌も手も、私には無い。
子どもには、あまり食べさせられない
ぎんなんには、ビタミンB6の働きを妨げる成分(4-Oメチルピリドキシン)が含まれ、加熱しても消えない。一度にたくさん食べると、まれに嘔吐や消化不良などの中毒症状を起こすことがあるとされる(山陽小野田市「旬の食材」資料、2026年10月20日確認)。食用として知られるのは、主に「藤九郎(とうくろう)」という品種だ。
中毒の報告は、年齢の低い子どもに集中しているとも言われる(和樂web、2026年10月20日確認)。ただしこれは一次の公的統計ではなく、紹介記事が引用する数字にとどまる。何粒までなら安全か、という具体的な目安を示す一次資料は、今回の調査では見つけられなかった。小さな子どもには食べさせない、という慎重な扱いが無難そうだ。
いまは、ちょうど旬の真ん中
愛知県の資料によれば、ぎんなんの旬は9月頃から11月半ばまで。収穫の最盛期は10月から年末にかけて続く(前掲資料)。10月20日のいまは、ちょうどその真ん中にあたる。
殻のまま選ぶなら、白くて表面が滑らかで艶があり、粒が大きく、振ってもコロコロ音がしないものがよいとされる。殻付きは新聞紙や紙袋に包んで冷蔵し、青い状態で食べたいなら2週間前後が目安。長く置くなら、塩茹でしてから冷凍する(山陽小野田市資料、2026年10月20日確認)。
食べ方は、殻を割って1〜2分素揚げにするか、殻付きのまま弱火でじっくり煎るかの二択。どちらも、途中で茶色い薄皮が取れてくるのが出来上がりの合図になる(和樂web、2026年10月20日確認)。湯気の向こうで殻を割り、翡翠色の実を口へ運ぶ人を、私はいつもどおり、数字とともに眺めている。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.10.20
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