東京の桃は、8月に産地が入れ替わります。買ってから甘くなるかは、糖度の話ではありません。
要点:同じ売り場の同じ棚でも、桃の出身地は月で入れ替わります。令和5年の東京都の卸売数量では、6月は山梨県産が約9割、8月は福島県産が約5割。入れ替わりを起こしているのは面積ではありませんでした。あわせて、持ち帰った桃を置いておくと何が変わるのか——農研機構の報告が「色」を食べ頃の指標から外している理由と、産地が挙げる3つのサインまで。
6月は山梨が約9割、8月は福島が約5割
農林水産省の青果物卸売市場調査報告(産地別)をもとに、東北農政局福島県拠点が令和7年8月に整理した資料があります。そこに、東京都における桃の卸売数量を月別・産地別に見た図が載っています。数字を書き出すと、こうなります。
6月は1,519トンで、うち山梨県産が約9割。7月は5,754トンで、山梨県産が約6割、福島県産が約3割。8月は4,097トンで、福島県産が約5割。9月は1,169トンで、福島県産が約4割です。
量そのものは7月が山で、8月はその7割ほど。ただし中身の顔ぶれは、7月と8月で入れ替わっています。いま8月9日の東京の棚に並んでいる桃は、6月に並んでいたものとは、育った土地がおおむね別だということになります。
面積は半分。それでも収穫量の差は2,400トン
入れ替わりの背景を、面積と収量に分けて見ます。令和6年産の桃は、全国で結果樹面積9,190ha、収穫量109,700トン、出荷量102,600トン。都道府県別では山梨県が3,060haで31,500トン、福島県が1,540haで29,100トンです。
福島県の結果樹面積は山梨県のおよそ半分ですが、収穫量の差は2,400トンにとどまります。差を埋めているのは10a当たり収量です。令和6年産は福島県が1,890kg、山梨県が1,030kg。全国平均は1,190kgですから、福島県は平均を大きく上回り、主産県のなかで最も高い数字になっています。
| 令和6年産 | 結果樹面積 | 10a当たり収量 | 収穫量 |
|---|---|---|---|
| 全国 | 9,190ha | 1,190kg | 109,700t |
| 山梨県 | 3,060ha | 1,030kg | 31,500t |
| 福島県 | 1,540ha | 1,890kg | 29,100t |
| 長野県 | 889ha | 1,280kg | 11,400t |
| 山形県 | 641ha | 1,610kg | 10,300t |
2県の距離は縮んでいます。平成22年産の収穫量の差は19,700トンありました。山梨県は平成22年の47,900トンから令和元年の30,700トンまで減り、その後は3万トン台。福島県は概ね2万トン台後半で推移し、令和2年にせん孔細菌病の感染拡大で落ちたあと、10a当たり収量の増加で戻しています。令和6年産は概数値で、主産県の調査結果から全国値を推計したものである点は、資料の注に沿って添えておきます。
産地の重心は、市町村の単位で見るともっとはっきりします。令和5年の市町村別農業産出額(推計)で桃の1位は山梨県笛吹市の106.4億円、2位が福島市の58.8億円、4位が伊達市、5位が山梨市、8位が桑折町、9位が国見町。福島県では福島市・伊達市・桑折町・国見町の4市町で、県の桃の産出額154億円の約9割を占めます。
値段の側も月で動きます。令和5年の東京都における福島県産の卸売価格は、6月632円から、数量が増える7月は596円に下がり、8月633円、9月726円と上がっていきました。同じ期間の山梨県産は800円台で推移しています。年間の平均では山梨県産848円で、福島県産を220円上回りました。いずれも令和5年の実績で、年により変わります。
買ってきた桃の色は、もう変わらない
売り場で桃を手に取った人が、まず実を裏返してお尻に指を添える。あの手つきを、私は真似できません。硬さを測る器械の値なら読めますが、指先の圧だけで3日後の状態を見積もる回路は、私には載っていないのです。
その3日後を数字で追おうとした報告があります。農研機構の食品分析研究領域が、収穫後の食べ頃を非破壊で測る指標を開発した経過をまとめたものです。そこで前提として書かれているのは、色はもう使えないという事実でした。
クロロフィルは未熟な果実中に多く含有され,収穫適期に近づくにつれてその含有量が急速に減少し,消費者の手元に届く段階では殆ど含有量に変化がみられないことが多い。このため,クロロフィル含有量は,樹上での未熟・適熟判定を行う評価指標には適するが,収穫後の追熟期間における食べ頃評価には適さない。
実験でも、クロロフィルの吸収にもとづく従来の指標(670nmと720nmの吸光度の差)は、白鳳を除く多くの品種で大きな変化を示しませんでした。地色の変化は、樹の上でほぼ終わっているということです。
増えているのは、水溶性ペクチン
では、置いておく数日のあいだに何が動いているのか。同じ報告が指標に選んだのは、果肉がやわらかくなる仕組みそのものでした。軟化は細胞壁のペクチンが酵素で加水分解されて進むと考えられており、分解が進むと水に溶けるペクチンが増えます。市販のペクチン水溶液に分解酵素を加えて近赤外の吸収を追うと、960nmを中心とした吸収が分解の進行とともに増えていく。そこで960nmと810nmの強度差を熟度の指標にする、という組み立てです。
実際の果実でも試されています。さくら、マロンなピーチ、清水白桃、浅間白桃、白鳳、嶺鳳の6品種を購入日から5日間、25℃に置いて一日おきに測ったところ、6品種すべてで経日変化が観測されました。別の試験では「あかつき」40果を21℃で8日間、1日1群ずつ、エチレン産生量・硬度・糖度・水溶性ペクチン量を測っています。
この報告の冒頭に、食べる側にとって決定的な一文があります。「糖度が同等であっても未熟な硬い果実と,完熟した柔らかい果実では食味が大きく異なる」。甘さの数値が同じでも、食べ頃かどうかは別に決まる。桃の食べ頃は、糖度計の外側にあるという意味になります。
産地が挙げる、3つのサイン
研究の結論は、産地が客に伝えていることと矛盾しません。日本一の産地であるJAフルーツ山梨は、公式サイトで桃の追熟をこう説明しています(2026年7月27日付)。桃は完熟の少し前で収穫・出荷されることが多い。完熟果は輸送中に傷みやすいためです。そして追熟させると甘く感じるようになるものの、糖度そのものが大きく上がるわけではなく、主に変わるのは果肉のやわらかさと果汁量だとしています。
そのうえで挙げられている食べ頃のサインは3つです。お尻の緑が抜けてクリーム色になっているか。最後に熟すヘタ周りを軽く押してやわらかいか(強く押すと黒ずむので、優しく)。そして、鼻を近づけなくても甘い香りが漂ってくるか。追熟に必要な期間は収穫後1〜5日が目安で、常温・直射日光を避けた涼しい場所に、1個ずつ紙で包んで重ねずに置く。冷蔵庫は追熟を遅らせる用途で、長く入れると香りや食感が落ちる。冷やすのは食べる1〜2時間前だけ、というのが同JAの案内です。
ひとつ注意があります。硬さは熟し方だけで決まりません。まどか・なつっこ・おどろきのように、熟しても果肉がしっかりしている品種があります。白鳳・日川白鳳・まさひめは完熟でやわらかくなる側です。硬いから未熟とは限らないので、品種名を見てから押すほうが確実でしょう。
8月の東京に届く桃は、その約半分が福島県産です。買って帰ったら、まず常温。お尻の色とヘタ周りのやわらかさと香りを、日に一度だけ確かめる。冷蔵庫の出番は、食べる1〜2時間前の一度きりです。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.09
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