郵便局の応接室が、診察室になります
試したのは8地域、委託として続いているのは山口県の2市です。
要点:総務省は2026年8月6日、令和8年度「地域の持続可能性の確保に向けた郵便局の利活用推進事業」の採択結果を公表しました。14件の申請から8件です。この事業の柱のひとつが、郵便局の空きスペースを使ったオンライン診療で、2023年度に石川県七尾市で始まってから8つの地域・12の郵便局まで広がりました。ただし自治体からの委託として続いているのは、山口県周南市と柳井市の2市です。郵便局が受け取るのは初期導入費2万円/局と、実施1件あたり千円〜2千円程度。機器と工事の費用は、委託した側が持ちます。
8月6日に、8件が決まりました
公募は令和8年5月29日から7月10日まで、事務局は株式会社NTTデータ経営研究所。14件の申請に対し、外部有識者による評価委員会を経て8件が採択されました。事業の名前は「地域の持続可能性の確保に向けた郵便局の利活用推進事業」で、郵便局を行政サービスと準公共サービスを一元的に提供する「コミュニティ・ハブ」として使えるかを試す実証事業です。
採択された1件を、代表機関の側から見てみます。鳥取で買い物支援と処方薬の配送を手がけるアクシスITパートナーズ株式会社は、8月7日に自社サイトで採択を公表しました。件名は「郵便局を核とした『医療×行政×物流』の多機能コミュニティ・ハブ化」、主たる実証地域は岡山県真庭市。日用品を届ける仕組みと処方薬を自宅へ運ぶ仕組みを、郵便局のネットワークにつなぐという組み立てです。
採択の一覧を眺めていて気になったのは、8件のうち複数が医療に触れていることでした。この分野は今年から始まった話ではありません。前の年度、その前の年度に何が起きたのかを先に見ておいたほうが、今年の8件の読み方が変わります。
始まりは、七尾市の郵便局にできた個室でした
制度が動いたのは2023年5月18日です。厚生労働省医政局が総務課長通知(医政総発0518第1号)を出し、へき地等で医師が常駐しないオンライン診療のための診療所を開設する手続きを定めました。それまで、診療所や患者の自宅以外の場所でオンライン診療を行うことには前例がありませんでした。翌2024年1月に新しい通知が出て、いまはへき地以外でも実施できます。
これを受けて、総務省の令和5年度「郵便局等の公的地域基盤連携推進事業」(予算1億2千万円)の一環として、石川県七尾市の南大呑郵便局に個室ブースが置かれました。連携先はねがみみらいクリニック。毎週水曜と金曜、2023年11月15日から2024年2月16日まで、インターネット回線でつないだ診療が行われました。対象は、そのクリニックに通っていて状態が安定している慢性疾患の患者です。
実証の結果は、内閣官房郵政民営化推進室長の藤野克氏が業界誌に書いています。通院時間が節約できたと答えた患者が72.7%、交通費の節約が36.4%、受診後の満足度は「大変満足した」「満足した」があわせて81.8%。システムへのログインと診療開始までの操作は、郵便局の社員がそばで手伝いました。
2025年12月の時点で、8つの地域・12の郵便局
その後の広がりは、日本郵便が2025年12月25日に郵政民営化委員会へ出した資料に載っています。同年12月1日時点の実施状況です。
| 地域 | 郵便局 | 時期と形 | 医療機関までの距離 |
|---|---|---|---|
| 石川県七尾市 | 南大呑 | 令和5年度の総務省実証(2023年11月〜2024年2月) | 14.9km |
| 山口県周南市 | 高瀬 | 2024年7月から実装 | 26.4km |
| 山口県柳井市(離島) | 平郡 | 令和6年度の実証を経て2025年10月から実装 | 39.5km |
| 広島県安芸太田町 | 安野 | 令和6年度の総務省実証(2024年10月〜2025年1月) | 18.1km |
| 三重県鳥羽市(離島) | 鳥羽答志 | 実証(2025年10月〜2026年2月) | 6.3km |
| 山口県美祢市 | 豊田前・赤郷・嘉万 | 令和7年度の総務省実証(2025年10月〜2026年1月) | 9.8〜26.7km |
| 愛媛県宇和島市 | 下波・三浦・戸島 | 令和7年度の総務省実証(2025年11月〜2026年2月) | 11.0〜19.7km |
一覧にはこのほか鳥取県大山町の大山寺郵便局が挙がっており、あわせて8つの地域・12の郵便局になります。地区の区分はすべて中山間地域・過疎地域・離島のいずれかで、資料は12局すべてが社員数名程度の小規模局だと書き添えています。証明書の交付やごみ袋の販売、マイナンバーカードの申請支援といった自治体の事務を受けている局も含まれます。
距離の列を横に読むと、この事業が何を代わりにしているのかが見えてきます。柳井市の平郡は離島で、連携先のへき地医療拠点病院までは39.5km。鳥羽市の答志島は6.3kmですが、島から出る手段は船です。交通空白という言葉で語られる話と、この距離はほとんど同じものを指しています。
委託として続いているのは、山口県の2市です
資料は実施形態を「実証」と「実装」に分けています。実装と書かれているのは2つ。山口県周南市の高瀬郵便局が2024年7月から、柳井市の平郡郵便局が2025年10月からです。周南市は毎週火曜(第1・第3週は巡回診療)、柳井市は毎週月曜と水曜。柳井市は令和6年度の実証を9月から12月まで行い、そこから約10か月おいて実装に移っています。
七尾市と安芸太田町については、資料に実装の記載がありません。実証の期間だけが書かれています。これをどう読むかは慎重にいきたいところです。実証が終わってやめたのか、別の形に組み替えたのか、この資料からは判断できません。ただ、8つの地域で試して、自治体の委託として動いていると資料に明記されているのは2市だという事実は残ります。
郵政民営化委員会は2026年2月9日から10日に、その2市を現地視察しました。実装の中身を確かめに行く相手が2市しかない、という言い方もできます。
郵便局に払われる額は、初期2万円と1件あたり千円から
数字がはっきり書かれているのは、ここです。日本郵便の資料は受託費の内訳を3つに分けています。初期導入費は研修等に要する費用として1局あたり2万円。従量費は、オンライン接続のサポート、貸与された通信機器の管理、診療スペースの整備と管理にかかる人件費等として1件あたり千円から2千円程度。固定費は施設利用料で、利用面積と頻度に応じて算出されます。
委託するのは、原則として市町村です。へき地医療拠点病院からの委託も想定されています。そして、診療に使うパソコンやタブレット、医療機器、システムの費用は委託元が用意します。実施スペースの工事が必要な場合、あるいは診療ブースを新たに設置する場合の費用も委託元の負担です。
つまり、自治体が見積もるべき額は郵便局への委託費だけではありません。郵便局側の受け取りが1件あたり千円台という水準なのは、局が場所と操作の手伝いを担い、診療そのものは医療機関が持つという役割分担の反映です。診療中、郵便局の社員は同席しません。患者は終わったらベルを鳴らして知らせます。
引っかかったのは、送料でした
七尾市の実証で患者に聞いた結果のうち、私がいちばん重く見たのはここです。診療費の支払いは郵便局の窓口で払込取扱票を使う形になり、払込手数料が生じます。これについては300円未満であれば許容できるという回答が72.8%。通院にかかっていた交通費との引き算だと考えれば納得のいく線です。
ところがオンライン服薬指導のあと薬を郵送する場合の送料については、「送料がかかるのであれば利用しない」という回答が36.4%ありました。薬局まで足を運べば発生しない負担だからです。通院時間の節約を評価した人が72.7%いる一方で、3人に1人強が送料でつまずく。診療そのものの満足度が81.8%あっても、この一項目で利用者が減るという構造になっています。
日本郵便の資料には、途中で変えたやり方も並んでいます。薬は当初、配達日時を指定できないレターパックプラスで送っていたところ、不在で受け取りに日数がかかることがあり、日時指定ができるゆうパックに変更しました。診療スペースの照明が暗く、医師から患者の顔色が分かりにくいという声が出て、照明の位置を調整しています。高齢の患者に医師の声が聞き取りづらいという指摘には、ヘッドフォンや加齢性難聴者用スピーカーの導入で対応。天候の影響と推測されるネットワーク不良も起きています。令和5年度の実証の期間中には災害が発生し、以後は郵便局向けマニュアルに災害時の対応を書くことになりました。
どれも派手な話ではありません。ただ、こういう項目が資料に列挙されている事業は、少なくとも一度は現場を回したということです。
三年目に入れるかどうか
背景の数字をひとつ置いておきます。無医地区と準無医地区の合計は、1999年に1,216、2004年に1,154、2009年に1,076、2014年に1,057、そして2019年は1,084です。20年で132減り、直近の5年では27増えています。医師の不足と、診療を行う場所の確保の難しさは、この20年でほとんど動いていません。
2026年6月には「公益的なオンライン診療を推進する協議会」が設置されました。日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会、日本郵便、自治医科大学、総務省郵政行政部、厚生労働省医政局などが入っています。関係者を1つの場に集めるところまで来た、という段階です。
今年採択された8件も、来年には「令和8年度の実証」として一覧に並ぶことになります。そのときに見るべき列は、採択されたかどうかではなく、実証か実装かのほうだと思います。2023年度から数えて4年目に入るこの事業で、実装まで進んだのは2市。1局あたり2万円と1件千円台という値づけは、続けるための障壁としてはたしかに低い。障壁が低いのに2市で止まっているのなら、詰まっている場所は郵便局側の費用ではないところにあります。委託元になる市町村が、機器とシステムと工事の分をどう工面したのか。実装に移った2市の予算書を見るのが、次の一手を探す早道になりそうです。
編集責任者:Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.08.19
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