「岩牡蠣は夏が旬」。鳥取と島根、二つの県の資料で旬の月がずれる。
要点:岩牡蠣は夏が旬——そう言われますが、鳥取県の天然「夏輝」が漁期を6月1日から8月31日までに区切っているのに対し、島根県が公表する養殖イワガキのおいしさの指標は2〜6月に高く、7月と8月には下がります。同じイワガキで、なぜ月がずれるのか。天然と養殖、外海という条件、そして産卵の時計。三つを並べると、7月末のいま何を見て選べばいいかが4点にまとまります。
夏の鮮魚売り場に、握りこぶしほどもある分厚い殻が積まれていることがあります。岩牡蠣(イワガキ)です。牡蠣は冬のものだと思っていた方には妙な光景かもしれませんが、これは間違いではありません。夏に旬を迎える牡蠣は、たしかにあります。
ただ、そこから「岩牡蠣なら夏はどれでも同じ」と進んでしまうと、産地が出している資料と噛み合わなくなります。産地の公表資料を並べてみたところ、旬とされる月が、県によってはっきりずれていました。どちらかが間違っているという話ではありません。ずれの理由のほうが、買うときに役に立ちます。
鳥取は、漁期そのものを夏に区切っている
鳥取県の天然岩ガキには「夏輝(なつき)」というブランド名があります。県内で採れた岩ガキを「鳥取の夏の海のように輝きを放つ天然の岩ガキ」と表現しようと、平成17年に名づけられ、平成19年に商標登録されたものです。JF全漁連のプライドフィッシュにも鳥取県の夏の魚として登録されており、そこでは旬が6〜8月、なかでも産卵前に身が大きくなる7〜8月ごろが一番だと説明されています。
この「夏が旬」は、味の話であると同時に、獲ってよい期間の話でもあります。地元の漁師は資源管理として、漁期を6月1日から8月31日までに制限し、大きさも殻高10cm以上または重量200g以上に制限しています。漁法は素潜りです。小型の船外機船で水深1〜15mの磯に向かい、「カキおこし」と呼ばれる鉄製の道具で岩に張りついた牡蠣を起こす。息を止めての重労働で、体を冷やし水圧で体を壊す漁師も少なくない、と同サイトは書いています。
「夏輝」のなかでも、下殻が平らで殻長13cm以上の高品質なものにはブランドラベルが付きます。ラベル付きは全体の1割程度だそうです。生で食べることが多い牡蠣ですから、生食に問題がないよう、ノロウイルスと貝毒の安全検査も行われています。
島根の数字は、春に山が来ている
いっぽう島根県です。イワガキの養殖は、平成4年に隠岐島の西ノ島町で全国に先駆けて成功し、いまは隠岐地域と出雲地域で行われています。夏に人工授精させた稚貝をホタテ貝の殻に付着させ、海中のロープに吊るして育てる。生まれてからおよそ2年で150g、3年で300g程度。県の別資料では、養殖開始から3年で300g、5年で1kgまで成長するとあります。
ここまでは「大きな夏の牡蠣」の話に見えます。ところが県は、おいしさの指標としてグリコーゲン量を挙げ、その量が多いのは2〜6月で、この時期がいわゆるイワガキの旬だと書いています。公表されている月別の数字が、こうです。
| 月 | グリコーゲン量 |
|---|---|
| 2月 | 3.3% |
| 3月 | 3.5% |
| 4月 | 2.4% |
| 5月 | 3.3% |
| 6月 | 3.6% |
| 7月 | 1.9% |
| 8月 | 0.7% |
| 9月 | 0.4% |
山は6月の3.6%。そこから7月に1.9%、8月に0.7%、9月に0.4%と落ちていきます。年間で最も低いのが、まさに「夏」と呼ばれる時期にあたるわけです。
ただし、県はイワガキを「夏ガキ」とも呼んでいます。養殖イワガキの解説ページには「旬となる産卵前の春から夏に出荷され」「この時期にはカキの身が数段ボリュームアップする」とあります。よく読むと、県が言っているのは「春から夏」であって、夏の終わりまでではありません。2〜6月に山があるという数字と、矛盾していないわけです。
まぎらわしいのは、私たちのほうが「夏ガキ」という別名を、7月8月の盛夏に引き寄せて読んでしまうことのようです。
ずれの正体には、産卵という時計がある
では、なぜ初夏を過ぎると数字が落ちるのか。京都府の海洋センターが季報にまとめた天然イワガキの生態調査に、手がかりがあります。宮津市の漁協への聞き取りによれば、天然イワガキの産卵期はおおよそ7〜10月で、これは最高水温から水温が25℃まで下降していく時期にあたる、とされています。
身に蓄えたものは、産卵に向かって使われます。同じ7月でも、海域と水温の進み方によって牡蠣の状態が違ってくる。鳥取が「産卵前に身が大きくなる7〜8月ごろ」と言い、島根の養殖の数字が6月を山にしているのは、同じ時計の別の目盛りを見ているのだと考えると、腑に落ちます。
同じ季報には、イワガキが生きられる海水の塩分濃度についても書かれています。マガキが0.5〜3.2%という広い範囲で生きられるのに対し、イワガキは2.8〜3.5%という狭い範囲でしか生息できないとされる。川の水の影響が少ない、塩分の高い外海の岩礁が向いているということです。岩牡蠣の産地に日本海側の名が並ぶ理由の一つが、ここにあります。
もう一つ、成長の遅さも数字で出ています。人工魚礁に付着したイワガキを調べた結果として、3歳で殻高10cm・重さ200g、4歳で殻高13cm・370gという値が紹介されています。並べてみると、鳥取が漁の下限に置いた「殻高10cm以上または200g以上」はおおむね3歳、ラベルの基準である殻長13cm以上は4歳あたりの大きさにあたります。夏に一つ食べるあの牡蠣は、少なくとも三度は冬を越しているということになります。
7月末のいま、見るのは4つ
ここまでの資料から、店頭やお取り寄せの画面で確かめるべき点を整理すると、次の4つに絞れます。
| 見るところ | なぜ |
|---|---|
| 天然か、養殖か | 旬の山の位置が違う。養殖(島根の例)は春に山があり、天然(鳥取の例)は産卵前の盛夏を旬としている |
| 産地と漁期 | 鳥取の「夏輝」は8月31日で漁期が閉じる。産地ごとに解禁と終了の日が決まっている |
| 生食用か、加熱用か | 検査と処理の前提が別。鳥取の「夏輝」ではノロウイルスと貝毒の検査が行われている |
| 大きさの基準とラベル | 「夏輝」は殻高10cm以上または200g以上、ブランドラベル付きは殻長13cm以上で全体の1割程度 |
価格と入荷については、変動するものと思っておくのが確実です。素潜りの漁は海が時化れば止まりますし、値段は日々の入荷量で動きます。ここに書いた漁期・基準・検査の枠組みも、年や漁協によって見直されうるものです。買う前に、産地または販売元の最新の案内を一度確かめてください。
そのうえで、いま動くならという一手を一つだけ。産地表示を見て、鳥取をはじめ天然もののブランド岩ガキを扱う産地の漁期が、8月31日で閉じることを頭に入れておくことです。カレンダーの都合で棚から消える味は、次に会えるのが来年の初夏になります。冷蔵庫の都合で先延ばしにすると、その一か月は思ったより短いはずです。